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つくよみの唄 4

「なにかお薦めのものをください」

男が言った。

「お薦め、ねぇ・・。貝なんざイケますか?」
「貝、ですか」
「冷凍モンですがね」
「それにしてください」

あるじが厨房らしきところに引っ込んだ。
それと入れ替わりに女性が奥から出て来て「いらっしゃいませ」と微笑みかけた。

「まだあんまり準備ができてなくて、ごめんなさいね」

女が愛想良く云ふ。

「いいぇ・・・ちょいと早く来すぎてしまったので・・」

「ゆっくりしてってくださいね」

女はさう言って店を周り、細々した準備を進めた。美しい女性だった。「母性」を強く感じる美しさで、朗らかだが粗野な雰囲気が全くない。あるじもさうだったが、この女性も年齢不詳だった。このふたりは夫婦なのだらうか?。

テーブルの準備を終えたらしい女がカウンターに入り、男の前に回って来た。背が高い。白いブラウスの上に淡い緑色のエプロンをつけてゐる。長い髪を頭のてっぺんで無造作に、しかし的確にまとめ、やや古風な簪を着けてゐた。女の背後に暮れてゆく日が見え、良い感じだった。
厨房から香ばしい薫りが漂って来た。

「お待たせしました」

男の前に湯気の立つ皿が置かれた。
小ぶりの貝がバターで炒められてゐた。ほのかに醤油の香りもする。
箸をつけるとコクのある旨味が舌に広がった。シムプルな味付けだがかすかにピリっとする所があり、男は麦酒をさらに注文し、しばらくはその貝のバター炒めの味に没頭した。