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今夜、ペンギンカフェで 4

酒が運ばれて来た。
いまどき珍しい大ぶりな氷が二つ入ったグラスの半分ほどを、褐色の液体が満たしてゐた。芳醇な甘い香り。
『本当いふと違法なんですが、ウチで作ってる蒸留酒なんです』
とマスター。
口にすると、はるか昔に味わったバーボンヰスキィのやうな味わいだ。

「うまいね」

思はず口をついて出た私の賛辞に、マスターは莞爾と笑ってうなづく。

『お客様の年頃だと、この味をご存知ですよね・・・。戦争前は当たり前に呑めてゐた』
「うん、バーボンの味だね」
『小麦を使わずにこの味を出すのに苦労しました。まぁ、偽物っちゃ偽物ですがね__』

やや自嘲気味に語るマスターは、歳の頃40を少し過ぎた辺りだらうか?。戦争前、と言ったが、その頃には彼はまだ「青年」であったはずだ。こんな辺鄙な場所で、この時代にバァを出すことになった経緯を尋ねてみたい気もしたが、そこは堪えた。詮索好きの老人、と思はれたくはない。

「密造酒」の酔いは心地良かった。
だいぶ強い酒なのだらうが、合成酒のやうな嫌な雑味もなく、適度なパンチを持って喉を過ぎ、ゆっくりと身体に火照りを灯してくれる。マスターも必要以上に話しかけてくることなく、私はすっかり寛いでゐた。

「ピヤノを弾いてゐる方ですよね?」

女の声で唐突に傍から声をかけられ、私は少し驚いて目を向けた。
あの、しづかに瓜二つの女性がこちらを向いてゐた。微笑みの名残を残す口元に、しづかにはなかった黒子が見て取れる。

「・・・失礼。どこかでお目にかかりましたか?」

私の問いに、女性は静かに首を振り

「いえ・・一方的に知ってゐるだけです。戦争前のあなたを」